行政――首相・内閣・20の省庁
法律をつくるのは国会ですが、あなたの許認可を出すのも、税を取るのも、工場の検査に来るのも行政です。そして行政には、選挙で入れ替わる層(大臣)と入れ替わらない層(官僚)があります。この2層の関係を理解することが、タイでの実務でもっとも役に立つ知識のひとつです。
首相は下院の過半数で指名される。2024年5月以降、上院は指名に参加しない。閣僚は35名以内。
2026年3月、総選挙を経てアヌティン首相が再任され、タイ誇り党とタイ貢献党を軸とする16党連立の第2次内閣が発足した。
実務で効くのは大臣ではなく、次官・局長・担当官のライン。省庁の縦割りと、内務省による地方統制が行政の骨格。
首相はどう決まるか
2017年憲法のもとでは、各政党は総選挙の前に「首相候補」を最大3名まで届け出ます。選挙後、下院はこのリストのなかから首相を指名するのが原則です(リスト外から選ぶには両院の3分の2の同意という高いハードルがあります)。
2019年から2024年5月までは、軍政が任命した上院250名も首相指名に投票できました。このため2019年にはプラユット氏が、2023年には第一党の前進党の候補が上院の反対で指名を得られない、という事態が起きました。この移行措置は2024年5月に失効し、現在は下院の過半数(251)だけで首相が決まります。
首相が決まるまで(2024年5月以降の手続き)
いまの政権――第2次アヌティン内閣
2025年、ペートンターン首相が憲法裁判所の判断により失職し、同年9月7日、タイ誇り党(ภูมิใจไทย プームジャイタイ)党首のアヌティン・チャーンウィーラクーンが首相に就任しました。アヌティン氏は2025年12月12日に下院を解散し、2026年2月8日の総選挙で同党は192議席と大勝します。
3月19日の下院での指名投票でアヌティン氏が再任され、3月30日、国王の承認を得て首相を含む35名の第2次アヌティン内閣が発足しました。閣僚の内訳はタイ誇り党27名、タイ貢献党(เพื่อไทย プアタイ)8名で、16党による連立という枠組みです。4月上旬の施政方針演説では、年平均3%以上の成長、生活費負担の軽減、中小企業支援を柱に掲げました。
20の省――どこに何を頼むのか
タイの中央省庁は20です。日本の1府12省庁より多く、担当が細かく分かれています。外国企業として関わりが深いのは、商務省・工業省・労働省・財務省(歳入局)・内務省・BOI(首相府直属)の6つです。
| 省 | タイ語 | 実務での関わり |
|---|---|---|
| 首相府 | สำนักนายกรัฐมนตรี | 内閣官房+広報+予算局・NESDCなどを傘下に置く |
| 国防省 | กลาโหม | 3軍と国防関連。大臣は文民のことも軍人のこともある |
| 財務省 | การคลัง | 予算執行・国債・歳入局・関税局・物品税局・国有企業 |
| 外務省 | การต่างประเทศ | 外交。ビザの発給方針もここが握る |
| 観光・スポーツ省 | การท่องเที่ยวและกีฬา | TATを所管。観光は最大の外貨獲得源のひとつ |
| 社会開発・人間の安全保障省 | การพัฒนาสังคมฯ | 福祉・高齢者・障害者・児童 |
| 高等教育・科学研究イノベーション省 | การอุดมศึกษาฯ | 2019年新設。大学と研究機関 |
| 農業・協同組合省 | เกษตรและสหกรณ์ | コメ・ゴム・灌漑・農協。政治的にきわめて重い |
| 運輸省 | คมนาคม | 鉄道・道路・空港・港湾。巨大予算と利権の集中点 |
| デジタル経済社会省 | ดิจิทัลเพื่อเศรษฐกิจฯ | 通信・データ保護法(PDPA)・サイバー |
| 天然資源・環境省 | ทรัพยากรธรรมชาติฯ | 環境影響評価(EIA)・森林・水 |
| エネルギー省 | พลังงาน | 電力料金(Ft)・燃料補助・PTT。生活費政策の中心 |
| 商務省 | พาณิชย์ | 会社登記(DBD)・外国人事業法・知的財産・物価 |
| 内務省 | มหาดไทย | 県知事と郡長を握る最大の役所。土地・住民登録・地方自治 |
| 法務省 | ยุติธรรม | 刑務所・DSI(特別捜査局)・麻薬取締 |
| 労働省 | แรงงาน | 労働許可・社会保険・最低賃金・技能開発 |
| 文化省 | วัฒนธรรม | 文化財・映画検閲・宗教関連の一部 |
| 教育省 | ศึกษาธิการ | 基礎教育(小中高)。教員数は公務員最大集団 |
| 公衆衛生省 | สาธารณสุข | 国民皆保険(30バーツ制度)・FDA(食品医薬品) |
| 工業省 | อุตสาหกรรม | 工場ライセンス・工業団地公社(IEAT)・産業規格(TIS) |
官僚制――大臣より、次官と局長
タイの公務員は約200万人(教員と警察官が最大の集団)。省のトップは大臣(ラッタモントリー)ですが、大臣の平均在任期間は1〜2年です。一方、次官(パラット)と局長(アティボディ)は職業官僚で、政権が代わっても残ります。
「誰に説明するか」を間違えない。公務員は約200万人(教員と警察官が最大集団)。
実務でしばしば起こる失敗は、「大臣に会えたから話が進む」と考えてしまうことです。大臣は方向を示せますが、許認可の可否を実際に決めるのは局長以下のラインであり、そこで前例と省令に合致していなければ、話は前に進みません。逆にいえば、書類が制度に正しく合っていれば、政権が代わっても案件は進みます。
予算――10月に始まる1年
タイの会計年度は10月1日から翌年9月30日です(仏暦の年で呼ぶ)。たとえば「2569年度予算」は2025年10月〜2026年9月を指します。予算規模は近年3.7兆〜3.8兆バーツ前後で、GDPのおよそ2割にあたります(第14章)。
予算のカレンダー(会計年度=10月〜翌9月)
実務上の注意は、政局が予算の執行を止めるという点です。解散・総選挙・組閣が長引くと予算成立が数か月遅れ、公共事業の発注や補助金の支給がずれ込みます。建設・インフラ関連のビジネスでは、この遅れが売上計画に直結します。
国有企業――もうひとつの行政
忘れてはならないのが国有企業(รัฐวิสาหกิจ ラットウィサーハキット)です。石油・ガスのPTT、電力のEGAT、空港のAOT、鉄道のSRT、郵便、水道、そして銀行(クルンタイ銀行、政府貯蓄銀行)など、50社前後がタイ経済の基幹部分を占めます。
国有企業は財務省が株式を保有し、所管省庁が監督します。トップ人事が政治的に決まるため、政権交代のたびに経営陣が動くことがあります。エネルギー価格、電力料金(Ft)、空港使用料など、生活と企業コストに直結する価格を決めているのもこの領域です。
まとめ
- 首相は下院の過半数で指名(2024年5月以降、上院は不参加)。閣僚は35名以内。
- 2026年3月30日、第2次アヌティン内閣が発足。タイ誇り党27名+タイ貢献党8名、16党連立。
- 省庁は20。実務で関わるのは商務省・工業省・労働省・歳入局・内務省・BOI。
- 許認可を実際に決めるのは大臣ではなく次官・局長・担当官のライン。重要案件は「委員会」で決まる。
- 会計年度は10月〜翌9月。政局の遅れは予算執行の遅れとして経済に波及する。
章末チェック(5問)
1. 首相の指名に必要な下院の票数は。
- 201票
- 251票(下院の過半数) ← 正解
- 351票
- 両院合わせて376票
2024年5月に上院の移行措置が終わり、現在は下院の過半数のみで決まります。
2. 第2次アヌティン内閣の閣僚数と連立政党数の組み合わせは。
- 35名、16党 ← 正解
- 30名、8党
- 35名、2党
- 20名、16党
内訳はタイ誇り党27名、タイ貢献党8名です。
3. タイの中央省庁の数は。
- 12
- 15
- 20 ← 正解
- 24
首相府を含めて20省。日本の1府12省庁より細かく分かれています。
4. 許認可の実務で、大臣より重要なポストの組み合わせは。
- 次官(パラット)と局長(アティボディ) ← 正解
- 副大臣と政務官
- 知事と郡長
- 国会議員と委員長
許認可の可否を実際に決めるのは局長以下のラインです。
5. タイの会計年度はいつからいつまでか。
- 1月1日〜12月31日
- 4月1日〜翌年3月31日
- 10月1日〜翌年9月30日 ← 正解
- 7月1日〜翌年6月30日
「2569年度予算」は2025年10月〜2026年9月を指します。