会社を回す
会社をつくるのは1回ですが、回すのは毎日です。そして日系企業がタイでもっとも多くトラブルを起こすのは、労務と税務です。どちらも「日本の常識」がそのまま通用しない領域で、しかも間違えると金額が大きくなります。この章では、雇う・辞めさせる・払う・契約する・守る、という5つの動詞で実務を整理します。
解雇には勤続年数に応じた解雇補償金(最大400日分)が必要。補償金なしで解雇できるのは労働者保護法119条の6事由だけ。
タイの税務は毎月が基本。タックス・インボイスの記載要件と源泉徴収証明書の管理が、実務の中心。
PDPA、取引競争法、贈収賄防止、労働人権、環境の5領域がコンプライアンスの柱。取引条件になりつつある。
人を雇う
タイの労働法制は、労働者保護法(1998年)を中心に、労働関係法、社会保障法、労働者災害補償法などで構成されます。全体として労働者保護に厚いのが特徴です。
人を雇うときの6ステップ
人を辞めさせる――ここが最大の落とし穴
日本でも解雇は難しいですが、タイでは「解雇しても補償金を払えばよい」という制度が明確にあります。つまり解雇そのものは可能だが、金額が確定的にかかるのです。
解雇補償金(ค่าชดเชย)――勤続年数別。これに加えて、予告期間を置かない場合は予告手当が必要。さらに不当解雇と認定されれば損害賠償が加わる。
- 職務上の不正・故意の犯罪――使用者に対する不正行為や故意の犯罪行為
- 故意に損害を与えた――会社に対する故意の加害
- 重大な過失による損害――重過失で使用者に重大な損害を与えた
- 規則違反の再発――書面警告から1年以内の再違反(重大なら警告不要)
- 無断欠勤3日――正当な理由なく連続3日以上の欠勤
- 確定判決で禁錮刑――過失犯・軽微な違反を除く
労働組合と労使関係
労働関係法(1975年)により、民間企業の従業員10人以上で労働組合を結成できます。組織率は全国では低い(数%)のですが、大規模な製造業では組合が存在するのが普通です。
労使交渉の流れは、①要求書の提出 → ②3日以内に交渉開始 → ③合意すれば労働協約として登録、④不調なら労働争議調停官が介入、⑤それでも不調なら労働争議仲裁委員会またはストライキ/ロックアウト、という手順です。
毎月と毎年の税務
契約の実務
加えて、時効にも注意してください。商品の売買代金は2年、一般の債権は10年というのが原則で、日本より短い類型があります。売掛金を放置していると、法的に請求できなくなることがあります。
許認可の維持
設立時に取った許可は、維持と更新が必要です。更新を忘れて操業できなくなる事故は、実際に起きています。
コンプライアンス
個人データ保護法(PDPA、2022年6月全面施行)は、EUのGDPRを参考にした法律です。同意の取得、利用目的の明示、越境移転の制限、データ侵害時の72時間以内の通知などが求められます。行政罰は最大500万バーツ、加えて刑事罰と民事賠償があります。
トラブルが起きたら
トラブルが起きたときの5段階
まとめ
- 解雇には勤続年数に応じた補償金(最大400日分)と予告手当が必要。補償金なしの解雇は労働者保護法119条の6事由に限られる。
- 能力不足は懲戒解雇の理由にならない。実務では合意退職が最も安全。
- タックス・インボイスの記載要件を1つでも欠くと仕入税額控除が否認される。
- 売買代金の時効は2年。売掛金の放置は法的リスク。
- PDPAは行政罰最大500万バーツ。同意・目的・越境移転の管理が必須。
章末チェック(5問)
1. 勤続10年の従業員を解雇する場合、解雇補償金は何日分か。
- 180日分
- 240日分
- 300日分 ← 正解
- 400日分
10年〜20年未満で300日分。20年以上なら400日分です。
2. 補償金なしで解雇できる事由に含まれないものは。
- 正当な理由のない連続3日以上の欠勤
- 重大な過失による損害
- 能力不足・成績不振 ← 正解
- 書面警告後1年以内の規則違反の再発
能力不足は普通解雇であり、補償金と予告手当が必要です。
3. 就業規則の作成義務が生じるのは従業員が何人以上のときか。
- 5人以上
- 10人以上 ← 正解
- 30人以上
- 50人以上
タイ語で作成し、作成から15日以内に事業所内で公開します。
4. タックス・インボイスに必要な記載事項に含まれないものは。
- 発行者と購入者の納税者番号
- 通し番号
- VAT額を区分して表示
- 取引先の銀行口座番号 ← 正解
ほかに「タックス・インボイス」の表示、商品内容、発行年月日が必要です。
5. 商品売買代金の時効は何年か。
- 1年
- 2年 ← 正解
- 5年
- 10年
一般の債権は10年ですが、売買代金は2年と短いので、売掛金の放置は法的リスクです。