タイ政治経済ラボ / 第13章 貿易と投資――輸出立国のしくみ
第13章約35分7節

貿易と投資――輸出立国のしくみ

――米中のはざまで、何を売り、誰に投資されているか

タイのモノとサービスの輸出はGDPの6割を超えます。これは日本(2割弱)とは比較にならない開放度で、世界景気がそのままタイの景気になるということを意味します。同時にタイは、外国からの直接投資によって産業をつくってきた国でもあります。

この章の要点
1

輸出は約3,300億ドル(2025年)。相手は米国が約2割で最大、ASEAN域内を合計すると2割強。中国は輸出先としては13%だが、輸入では最大の相手。

2

2025年8月、米国の関税は当初提示の36%から19%に引き下げられた。輸出の約2割が米国向けであり、影響は大きい。

3

BOIの恩典は法人税最長13年免除に加え、外資100%保有と土地所有を可能にする。日系企業の進出の前提条件。

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輸出の中身と相手

2025年のタイの輸出は約3,300億ドル。電子部品を中心に前年比で二桁の伸びとなりました。ただし輸入も同時に増えており、モノの貿易収支は赤字の年もあります(それでも観光収入があるため経常収支は黒字:第10章)。

輸出輸入
1502002503003502015: 21410億ドル2016: 21510億ドル2017: 23610億ドル2018: 25210億ドル2019: 24610億ドル2020: 23110億ドル2021: 27110億ドル2022: 28710億ドル2023: 28510億ドル2024: 30110億ドル2025: 33010億ドル2015: 20210億ドル2016: 19510億ドル2017: 22210億ドル2018: 24910億ドル2019: 23610億ドル2020: 20810億ドル2021: 26710億ドル2022: 30310億ドル2023: 28910億ドル2024: 30610億ドル2025: 33510億ドル20152017201920212023202510億ドル

タイの輸出入額(10億ドル)

米国: 20%中国: 13%ASEAN(域内): 22%EU: 8%日本: 7%その他: 30%20最大項目
米国20%
中国13%
ASEAN(域内)22%
EU8%
日本7%
その他30%

タイの輸出相手(2025年・概数)。単独では米国が最大。ただしASEAN域内をまとめると最大の市場になる。

自動車・同部品
14%
コンピュータ・電子部品
13%
農産物・食品
12%
機械・設備
8%
プラスチック・化学品
8%
宝石・宝飾品
6%
ゴム製品
5%
その他
34%

主要輸出品目(輸出額に占める割合・概数)。自動車・同部品とコンピュータ・電子部品の2つで輸出の4分の1超を占める。

⚠️まちがえやすい|「宝石・宝飾品」の統計に注意
輸出統計で上位に来る「宝石・宝飾品」には、金の地金(未加工金)が含まれます。タイでは金が投資商品として活発に取引されるため、金価格が上がると輸出額が急増したように見えることがあります。月次の輸出統計を読むときは、「金を除いたベース」の伸び率も確認してください。商務省とBOTはこの区別を公表しています。
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米国――最大の輸出先であり、最大のリスク

2025年、タイの通商政策の最大の課題は米国の関税措置でした。当初、タイからの輸入品には36%という高い税率が提示されましたが、交渉の結果、2025年8月7日から19%に引き下げられました。これは近隣の競合国とおおむね同水準で、「相対的な競争力は保たれた」というのが政府の説明です。

1
2025年4月 相互関税の発表
タイに対する税率は当初36%と提示され、経済界に衝撃が走った
2
交渉 対米輸入の拡大を提示
農産物・エネルギー・航空機の購入拡大などを交渉材料に
3
2025年8月7日 19%で決着
タイからの輸入品への関税は19%に。域内の競合国と同水準に
4
影響 輸出全体の約2割が対象
自動車部品・電子・ゴム製品・食品が直接の影響を受ける
5
残る論点
原産地規則(迂回輸出)の厳格化、対米黒字の縮小圧力、米中対立のなかでの立ち位置

米国の関税措置とタイ(2025年)

背景には、タイの対米貿易黒字の大きさがあります。近年の対米黒字は350〜460億ドル規模で、米国にとって世界で10位前後の赤字相手国です。タイ側は農産物・エネルギー・航空機の輸入拡大を提示して交渉しました。

🧰実務メモ|関税リスクへの実務対応
① 原産地規則(Rules of Origin)を正確に把握する。中国から部品を輸入してタイで組み立てる場合、どこまで加工すればタイ原産と認められるかが決定的です。米国は「迂回輸出」の摘発を強めており、実体のない加工は追徴と制裁のリスクがあります。② 仕向地を分散する。米国依存が高い製品は、RCEP圏やインド・中東への展開を検討する。③ HSコードの確認。同じ製品でも分類次第で税率が変わります。事前教示(Advance Ruling)の制度を活用してください。
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中国――輸入で最大、投資でも最大

  1. 輸入で最大の相手。タイの輸入の約4分の1が中国から。ASEAN−中国FTAで関税が下がり、EC(電子商取引)の普及もあって、安価な中国製品の流入が国内の中小メーカーを圧迫しているという議論が起きている。
  2. 投資で最大の出し手。BOI申請ベースで中国が日本を抜いて首位に。EV、電子部品、太陽電池、ゴム加工などで工場建設が相次いでいる。
  3. 観光。コロナ前は最大の旅行者供給国だったが、2025年は前年比34%減と大きく落ち込んだ。
  4. インフラ。中国−ラオス−タイ鉄道(バンコク〜ナコンラーチャシーマー間が第1期)が建設中。一帯一路の一環だが、工事は遅れている。
⚠️まちがえやすい|「中国製品の流入」は政治問題になりつつある
安価な中国製鋼材・セメント・日用品の流入により、国内メーカーの操業停止や工場閉鎖が相次いでいます。商務省はアンチダンピング調査を増やし、「タイ製品を守る」政策が選挙の争点にもなってきました。輸入業として中国製品を扱う企業は、アンチダンピング関税の対象になるリスクを織り込む必要があります。
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FTA――どの協定を使うかで、関税が変わる

タイは多くの自由貿易協定に参加しています。実務では、同じ貨物でもどの協定の原産地証明を使うかで関税率が変わります。

AFTA(ASEAN)
域内関税はほぼゼロ。ASEANは最大の輸出先ブロック。
RCEP
2022年発効。ASEAN+日中韓豪NZ。世界最大の自由貿易圏。
日タイEPA(JTEPA)
2007年発効。原産地証明で関税が下がる。日系企業の必修知識。
ASEAN−中国FTA
農産物と工業品の関税を撤廃。中国からの輸入急増の一因。
ASEAN−インド/韓国/豪NZ
それぞれ発効済み。原産地規則が協定ごとに違う。
EU・EFTA・UAEなど
EUとのFTA交渉が進行中。EFTA・UAEとは妥結・発効。
原産地証明書Form D / E / JTEPA / RCEP
協定ごとに様式が違う。ASEAN域内はForm D、ASEAN−中国はForm E、日タイEPAはForm JTEPA、RCEPはForm RCEP。
自己証明制度Self-Certification
近年は輸出者が自ら原産性を宣言する制度が広がっている(ASEAN、RCEPなど)。手続きは簡素だが、記録の保管義務が重い。
累積規定Accumulation
協定の加盟国で行われた加工を合算して原産性を判断できる規定。RCEPは加盟国が多いため、累積のメリットが大きい。
CPTPPCPTPP
タイは加盟を検討しているが、医薬品の特許や種子(UPOV)をめぐる国内の反対が強く、決定に至っていない。
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BOI――日系企業にとっての生命線

BOI(คณะกรรมการส่งเสริมการลงทุน 投資委員会)は首相を委員長とする委員会で、外国企業に税と規制の両面で特別扱いを与える制度です。外国人事業法は多くの業種で外資の出資比率を49%以下に制限しますが、BOIの恩典を得ればこの制限を外せます。日系製造業がタイで100%出資の子会社を持てるのは、ほぼこの制度によります。

1
① 対象事業かどうかを確認
BOIの奨励業種リスト(A1〜A4、B)に該当するかを見る。A1は法人税8年免除(上限なし)、A2は8年、A3は5年、A4は3年、Bは免除なし。
2
② 追加恩典(メリットベース)
研究開発、人材育成、地方への立地などで最長13年まで延長される。
3
③ 申請(オンライン)
事業計画・投資額・雇用計画・技術内容を提出。投資額は原則100万バーツ以上(土地代・運転資金を除く)。
4
④ 審査・承認
投資額の規模により、審査する委員会のレベルが変わる。承認まで通常40〜90日程度。
5
⑤ 恩典証書の取得と設立
承認後、6か月以内に会社を設立し、恩典証書を取得する。
6
⑥ 恩典の行使
法人税免除のほか、外国人株主100%の保有、土地の所有、外国人技術者のビザ・労働許可の優遇が使える。
7
⑦ 報告義務
毎年の実績報告と、恩典対象の売上区分の管理が必要。会計上の分離が甘いと恩典を失うことがある。

BOI恩典の取り方(概略)。恩典の内容は毎年の告示で変わる。必ず最新のBOI公表資料を確認すること。

最長13
法人税の免除期間(メリット恩典を含む)
100
認められる外国人株主の比率
土地所有可
BOI認可企業は事業用地を所有できる
原則100万バーツ
最低投資額(土地・運転資金を除く)
🧰実務メモ|BOIを取るかどうかの判断
取るべき場合:製造業で設備投資が大きい、外資100%を維持したい、土地を自社で所有したい、外国人技術者を複数入れたい、輸入する機械が多い(機械の輸入関税も免除される)。慎重に検討すべき場合:サービス業で投資額が小さい、恩典対象と非対象の売上が混ざる(会計の分離が煩雑)、設立を急ぐ(審査に数か月かかる)。恩典を取ると毎年の報告義務が生じ、対象事業の範囲を超える取引をすると恩典を失うリスクがあります。税務メリットと管理コストを比べて判断してください。
13-6

誰がタイに投資しているのか

中国: 26%シンガポール: 18%日本: 14%台湾・香港: 12%米国・欧州: 14%その他: 16%26最大項目
中国26%
シンガポール18%
日本14%
台湾・香港12%
米国・欧州14%
その他16%

BOI申請ベースの外国投資(近年の概数)。2010年代半ばまで日本が首位だったが、近年は中国が最大の投資国。シンガポール経由の投資には、実質的に中国系・欧米系が含まれる。

ただし、累積の投資残高では依然として日本が最大級であり、雇用や技術移転の面での存在感は大きいままです。近年の中国からの投資は、米中対立を背景とした生産拠点の移転(チャイナ・プラスワン)の性格が強く、EV・電子部品・太陽電池に集中しています。

📖コラム|タイは「米中どちらにもつかない」
タイの外交・通商政策の伝統は「竹の外交(bamboo diplomacy)」と呼ばれます。風に応じてしなるが、根は動かないという比喩です。米国とは同盟関係(相互防衛条約)にあり合同演習を続け、同時に中国からは投資とインフラを受け入れる。この両立が難しくなりつつあるのが2020年代です。半導体の輸出管理、原産地規則、通信インフラの調達など、「どちらの陣営の技術を使うか」を選ばされる場面が増えています。タイに拠点を置く日系企業も、この選択の影響を受けます。
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輸出入の実務

輸出入の実務チェックリスト
⚠️まちがえやすい|通関は「早い」が「厳しい」
タイの通関は電子化が進んでおり、書類が揃っていれば非常にスムーズです。しかし申告内容と現物の不一致には厳しいのが特徴で、過少申告や品目の誤りが見つかると、追徴に加えて重い罰金(不足税額の数倍)が科されることがあります。故意でなくても罰金の対象になりうるため、通関業者任せにせず、社内で申告内容を確認する体制をつくってください。

まとめ

  • 輸出は約3,300億ドル(2025年)。相手は米国が約2割で最大、ASEAN域内合計で2割強、中国13%、日本7%。
  • 米国の関税は2025年8月に36%から19%へ引き下げ。原産地規則の厳格化が新たな論点。
  • 中国は輸入で最大の相手であり、投資でも最大の出し手になった。安価な輸入品の流入は国内で政治問題化している。
  • FTAは協定ごとに原産地証明の様式と規則が違う。どの協定を使うかで関税が変わる。
  • BOI恩典は法人税最長13年免除に加え、外資100%保有と土地所有を可能にする。
章末

章末チェック(5問)

1. タイの輸出相手として単独で最大の国はどこか。

  • 中国
  • 日本
  • 米国 ← 正解
  • ベトナム

米国が約2割。ただしASEAN域内を合計すると22%で最大の市場ブロックになります。

2. 2025年に米国の対タイ関税はどう変わったか。

  • 19%から36%に引き上げ
  • 当初提示の36%から19%に引き下げ(8月7日から) ← 正解
  • 据え置き
  • 完全撤廃

近隣の競合国とおおむね同水準になり、「相対的な競争力は保たれた」というのが政府の説明です。

3. BOI恩典で得られる、税以外の重要な2つの権利は。

  • 外国人株主100%の保有と、事業用地の所有 ← 正解
  • 無制限のビザ発給と免税輸入
  • 労働法の適用除外と最低賃金の免除
  • 外資規制の完全撤廃と土地の無償供与

このほか外国人技術者のビザ・労働許可の優遇、機械の輸入関税免除もあります。

4. 日タイEPAで使う原産地証明の様式名は。

  • Form D
  • Form E
  • Form JTEPA ← 正解
  • Form RCEP

Form DはASEAN域内、Form EはASEAN−中国、Form RCEPはRCEPです。

5. 輸出統計を読むときにとくに注意すべき品目とその理由は。

  • 自動車。生産台数の変動が大きいから
  • 宝石・宝飾品。金の地金が含まれ、金価格の変動で輸出額が大きく振れるから ← 正解
  • コメ。天候の影響を受けるから
  • 電子部品。単価が変動するから

商務省とBOTは「金を除いたベース」の数字も公表しています。