タイ政治経済ラボ / 第14章 財政と税――誰が払い、何に使われるか
第14章約40分7節

財政と税――誰が払い、何に使われるか

――予算3.8兆バーツ、公的債務GDP比65%

国家予算は年約3.8兆バーツ、GDPのおよそ2割です。この規模は先進国と比べると小さく、タイの税収はGDPの16%前後しかありません。その一方で、高齢化が進み、医療と年金の支出は確実に増えていきます。第18・19章の実務の土台になる章です。

この章の要点
1

国家予算は年約3.8兆バーツ。税収はGDPの16%前後と低く、課税ベースの狭さ(インフォーマル経済の広さ)が構造問題。

2

主要な税は法人税20%、VAT7%、個人所得税0〜35%。源泉徴収税(WHT)の仕組みが日本と大きく違う。

3

医療は3制度が並立し、国民皆保険(UC)が約4,700万人をカバーする。外国人被用者は社会保険(SSO)に加入する。

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予算の全体像

タイの国家予算は年約3.8兆バーツ(会計年度は10月〜翌9月)。歳入は約2.9兆バーツで、毎年8,000億〜9,000億バーツ規模の赤字を国債で埋めています。歳出で目立つのは、教育と内務・地方交付の大きさです。教員が公務員の最大集団であること、そして地方自治体の財源の多くが中央からの移転であること(第7章)がこの数字に表れています。

歳入(約2.9兆バーツ)
VAT30%
法人税24%
個人所得税12%
物品税18%
関税・その他16%
歳出(約3.8兆バーツ)
教育16%
内務・地方交付15%
社会保障・年金14%
公衆衛生9%
経済インフラ12%
国防6%
債務の元利8%
その他20%

お金の流れ――歳入(左)と歳出(右)の概略。割合は概数。国家予算は年約3.8兆バーツで、GDPのおよそ2割にあたる。

約3.8兆バーツ
年間の国家予算
約2.9兆バーツ
税収などの歳入
約8,650億バーツ
財政赤字(近年の規模)
約65
公的債務の対GDP比
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税収が少ない国

タイ財政の最大の特徴は、税収がGDPの16%前後と低いことです。日本の34%、フランスの45%と比べると半分以下です。

フランス
45%
日本
34%
韓国
32%
ベトナム
18%
タイ
16%
マレーシア
12%
インドネシア
12%

税収のGDP比(%・概数の国際比較)

  1. インフォーマル経済が広い。就業者の約半分が社会保険にも所得税にも捕捉されていない(第16章)。
  2. 個人所得税を実際に払う人が少ない。納税者として登録されているのは1,000万人強で、実際に納税額が生じるのは数百万人規模とされる。
  3. VAT率が7%と低い。本則は10%だが、1997年の危機以降、毎年の勅令で7%に軽減され続けている。
⚠️まちがえやすい|VAT10%への復帰は「永遠の宿題」
VATを本則の10%に戻せば税収は年数千億バーツ増えますが、生活必需品の価格に直結するため、政治的に極めて難しいテーマです。歴代のどの政権も踏み込めていません。「財政再建の話が出るたびにVATが議論され、そのたびに見送られる」というのがタイの財政政治の定番です。
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公的債務――上限70%との距離

公的債務の対GDP比は、コロナ前の41%から65%前後まで上昇しました。2021年に財政規律の上限が60%から70%に引き上げられており、余地は残り数%しかないという状態です。

3040506070上限を60→70%へ2010: 42%2012: 44%2014: 45%2016: 42%2018: 41%2019: 41%2020: 49%2021: 58%2022: 60%2023: 62%2024: 64%2026: 65%2010201420182020202220242026

公的債務残高の対GDP比(%)

この制約は、政策の選択肢を狭めます。大規模な現金給付や公共投資を行う余地が限られ、金融政策(第15章)への期待が高まる構図になっています。

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主な税――この9つを覚える

法人所得税(CIT)
20%
中小企業は純利益30万バーツまで免税、300万バーツまで15%。
付加価値税(VAT)
7%
本則10%を毎年の勅令で軽減。年商180万バーツ超は登録義務。
個人所得税(PIT)
0〜35%
累進課税。年15万バーツまで非課税。
源泉徴収税(WHT)
1〜5%など
サービス3%、賃貸5%、広告2%など。支払時に差し引いて納付。
物品税
酒・たばこ・自動車・燃料・飲料(砂糖含有量で課税)。
特定事業税(SBT)
3.3%
銀行業、不動産の売買などVATの対象外の事業に課される。
印紙税
契約書・借用証などに貼付。金額は文書の種類による。
土地・建物税
自治体の税。用途で税率が違う(第7章)。
相続税・贈与税
5〜10%
1億バーツ超の相続に課税。2016年導入。

法人所得税(CIT)

標準税率は20%。日本の実効税率(約30%)より低く、これがタイの投資誘致の基礎になっています。中小企業(払込資本500万バーツ以下かつ売上3,000万バーツ以下)には純利益30万バーツまで免税、300万バーツまで15%という優遇があります。BOI恩典を得れば最長13年間の免除です(第13章)。

なお2025年から、OECDの合意に基づくグローバル・ミニマム課税(15%のトップアップ課税)がタイでも導入されました。売上7億5,000万ユーロ以上の多国籍企業グループが対象で、BOI恩典で実効税率が15%を下回る場合、差額が課税される可能性があります。大企業グループの日系企業は、この影響の確認が必須です。

付加価値税(VAT)

  • タックス・インボイス(ใบกำกับภาษี)が絶対。所定の記載事項を欠くインボイスでは仕入税額控除ができない。
  • 申告は毎月(PP30、翌月15日まで)。四半期や年1回ではない。
  • 輸出は0%課税(免税ではなくゼロ税率)で、仕入VATの還付を受けられる。
  • 還付は時間がかかる。還付申請は税務調査の対象になりやすく、数か月から1年以上かかることがある。

個人所得税(PIT)

課税所得(バーツ)税率
0 〜 150,0000%
150,001 〜 300,0005%
300,001 〜 500,00010%
500,001 〜 750,00015%
750,001 〜 1,000,00020%
1,000,001 〜 2,000,00025%
2,000,001 〜 5,000,00030%
5,000,001 〜35%

累進課税で0〜35%。課税年は暦年(1〜12月)で、翌年3月末までに申告。最高税率は日本(45%)より低い。

外国人も、タイで得た所得(タイ源泉所得)には居住・非居住を問わず課税されます。さらに、1暦年に180日以上タイに滞在すると「居住者」となり、国外源泉所得をタイに持ち込んだ場合にも課税されます。この国外所得の扱いは2024年から解釈が変更され、持ち込んだ年が稼得年と違っても課税対象となりました。海外に資産や収入がある方は、必ず税理士に確認してください。

源泉徴収税(WHT)――日本との最大の違い

タイでは、企業が企業に支払うときにも源泉徴収が発生します。サービス料3%、賃料5%、広告費2%、運送費1%など、支払う側が差し引いて税務署に納め、受け取る側に源泉徴収証明書(หนังสือรับรองการหักภาษี ณ ที่จ่าย)を渡します。

🧰実務メモ|WHT証明書は「現金と同じ」
受け取ったWHT証明書は、確定申告のときに前払いした税金として控除できます。つまり紙そのものが現金と同じ価値をもちます。紛失すると再発行を依頼する必要があり、相手が協力的でないと大変な手間になります。① 受領した証明書は必ず月次でファイルする。② 支払った側としては、期限内(翌月7日または15日)に納付と証明書の交付を行う。③ 証明書の名義・住所・税番号が登記と一致しているか確認する。この3点を経理のルールとして明文化してください。
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社会保障――3つの医療制度

タイの医療保障は、3つの制度が並立しています。どの制度に属するかで、使える病院も給付内容も変わります。

公務員医療(CSMBS)
約500万人
公務員と家族。給付水準が最も手厚い。
社会保険(SSO)
約1,200万人
民間被用者+任意加入。労使折半で保険料を負担。医療・失業・年金・出産・労災。
国民皆保険(UC/ゴールドカード)
約4,700万人
上記に入らない国民。税財源で運営。旧「30バーツ医療」。
高齢者手当・障害者手当
月600〜1,000バーツ
定額給付。普遍給付か選別給付かが政治的争点。

2001年にタクシン政権が導入した「30バーツ医療」は、現在ユニバーサル・カバレッジ(UC、通称ゴールドカードบัตรทอง)として約4,700万人をカバーしています(自己負担は事実上ゼロ)。税財源で運営され、国家保健安全保障事務局(NHSO)が管理します。所得や雇用形態にかかわらず医療にアクセスできる仕組みは、中所得国のなかでは高く評価されています。

民間企業の被用者は社会保険(ประกันสังคม)に加入します。保険料は労使折半で各5%、算定の上限は月額15,000バーツ(したがって上限は月750バーツずつ)です。上限額の引き上げが議論されており、段階的な改定が予定されています。給付は医療、出産、障害、死亡、児童手当、失業、老齢年金の7種類です。

⚠️まちがえやすい|外国人従業員も社会保険は強制加入
労働許可を持って働く外国人従業員も、社会保険の加入対象です(駐在員も同じ)。「日本の健康保険があるから不要」とはなりません。また、老齢年金は原則55歳から受給ですが、帰国する外国人には一時金として払い戻す制度があります(社会保障協定のない日本国籍者も対象)。退職・帰任のときに手続きを忘れないでください。
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補助金とばらまき――生活費の政治

  • ディーゼル価格の抑制――石油基金が価格差を負担する。基金は赤字が膨らみ、借入で穴埋めしている。
  • 電気料金(Ft)の抑制――発電の燃料費の転嫁を遅らせる。しわ寄せは国有電力公社EGATの財務に出る。
  • 現金給付――2024〜25年にかけて、デジタルウォレット構想として1人1万バーツの給付が計画され、財源と実施方法をめぐる論争のすえ、脆弱層への現金給付から段階的に実施された。
  • 福祉カード(บัตรสวัสดิการแห่งรัฐ)――低所得者に月数百バーツの購買補助。登録者は1,300万〜1,500万人規模。
📖コラム|なぜ「ばらまき」がなくならないのか
批判は絶えませんが、構造的な理由があります。①インフォーマル就業者が多く、社会保険では救えないため、現金給付が唯一の届く手段になっている。②選挙で票に直結する。③所得再分配の仕組みが弱い(累進課税の効果が限定的)。つまり、ばらまきは怠慢の結果というより、課税と社会保険の制度が届いていないことの裏返しでもあります。根本的な解決には、インフォーマル経済の縮小と課税ベースの拡大が必要で、これは第16・17章のテーマにつながります。
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実務――税務カレンダー

タイで会社を運営するときの税務の年間スケジュールです。タイの税務は「毎月」が基本で、日本より頻度が高いことに注意してください。

時期内容
毎月7日/15日源泉徴収税(PND1・3・53)の納付。電子申告なら8日延長
毎月15日VAT申告(PP30)。電子申告で延長あり
毎月15日社会保険料の納付(SSO)
3月末個人所得税の確定申告(PND90/91)
5月末法人税の確定申告(PND50)。12月決算の場合
8月末法人税の中間申告(PND51)

税務カレンダー(12月決算の会社の場合)

経理担当者の年間チェックリスト

まとめ

  • 国家予算は年約3.8兆バーツ、税収はGDPの16%前後と低い。課税ベースの狭さが構造問題。
  • 公的債務は対GDP比65%前後。上限70%まで余地が小さい。
  • 主要税は法人税20%、VAT7%、個人所得税0〜35%。企業間の支払いにも源泉徴収税がかかるのが日本との大きな違い。
  • 医療は公務員・社会保険・国民皆保険の3制度が並立。外国人被用者も社会保険に強制加入。
  • 生活費補助(燃料・電気・現金給付)が財政と政治の中心にある。
章末

章末チェック(5問)

1. タイの法人税率とVAT率の組み合わせは。

  • 法人税30%、VAT10%
  • 法人税20%、VAT7% ← 正解
  • 法人税15%、VAT5%
  • 法人税25%、VAT7%

VATの本則は10%ですが、1997年以降、毎年の勅令で7%に軽減されています。

2. タイの税収のGDP比はおよそ何%で、日本と比べてどうか。

  • 約16%。日本(約34%)の半分以下 ← 正解
  • 約34%。日本と同水準
  • 約45%。日本より高い
  • 約25%。日本よりやや低い

インフォーマル経済の広さ、個人所得税の納税者の少なさ、VAT率の低さが理由です。

3. 源泉徴収税の証明書が重要な理由は。

  • 税務調査で必ず提出を求められるから
  • 前払いした税金として確定申告で控除でき、紙そのものが現金と同じ価値をもつから ← 正解
  • 銀行口座の開設に必要だから
  • ビザの更新に必要だから

紛失すると再発行を依頼する必要があり、相手が協力的でないと大変な手間になります。

4. 国民皆保険(UC/ゴールドカード)は何人をカバーしているか。

  • 約500万人
  • 約1,200万人
  • 約4,700万人 ← 正解
  • 約7,100万人

公務員医療(CSMBS)が約500万人、社会保険(SSO)が約1,200万人です。

5. 1暦年に何日以上タイに滞在すると税務上の居住者になるか。

  • 90日
  • 180日 ← 正解
  • 183日
  • 365日

居住者になると、国外源泉所得をタイに持ち込んだ場合にも課税されます。