経済のきほん――タイの教科書で学ぶ枠組み
ここから経済編です。タイの中学・高校で学ぶ経済学の枠組み(カリキュラムの領域3「経済学」)をなぞりながら、そのつどタイの実際の数字に接続していきます。この章で用語と数字の大きさの感覚を作れば、第11章以降がずっと楽になります。
経済学の出発点は「希少性」と「選択」。選ばなかった選択肢の価値=機会費用という考え方をおさえる。
GDPは生産・支出・分配の三面から見られる。タイの名目GDPは約19兆バーツ、うち民間消費が約57%。
タイの物価上昇率は0%台と低い。一方で家計債務が重く、「物価は安定しているのに生活は苦しい」という状況が続いている。
経済学は「足りない」から始まる
タイのカリキュラム(มาตรฐาน ส 3.1)は、経済学の学習を「限られた資源をどう配分するか」から始めます。日本の教科書と同じ出発点です。
4つの経済主体と、お金の循環
経済は家計・企業・政府・海外という4つの主体のあいだでモノとお金が循環することで成り立っています。
タイの特徴は「海外」との結びつきが極端に強いこと。輸出+観光がGDPの7割前後を占める(第12・13章)。
モノとサービスの輸出はGDPの6割を超え、外国からの直接投資が製造業の中核を担い、観光収入が地方経済を支え、300万人規模の移民労働者が建設と農業と水産加工を支えています。タイ経済を国内だけで説明することはできません。
市場と価格――そしてタイの価格統制
市場では、需要(買いたい量)と供給(売りたい量)が一致するところで価格と数量が決まります。これが均衡です。
価格が上がれば需要は減り、供給は増える。交わる点で取引が成立する。
ただしタイでは、政府が価格に介入する場面が非常に多いという点を知っておく必要があります。
| 対象 | 介入のしかた | 背景 |
|---|---|---|
| ディーゼル・LPG | 石油基金(กองทุนน้ำมัน)で価格を抑える | 物流コストと生活費に直結するため、政治的に必須の政策 |
| 電気料金(Ft) | エネルギー規制委員会が4か月ごとに調整 | 発電の燃料費を電気料金にどこまで転嫁するかを政治が決める |
| コメ・農産物 | 買取価格の保証や所得補填 | 農家は最大の有権者集団。政権ごとに手法が変わる(第12章) |
| 豚肉・卵・砂糖など | 商務省が「価格統制品目」に指定し、値上げに許可を要求 | 生活必需品の急騰を抑えるため。40品目前後が指定されている |
| 最低賃金 | 労使政3者の賃金委員会が決定 | 賃金は「価格」でもある(第16章) |
均衡より低い価格に抑えると、需要が供給を上回り「品不足」が生じる。2022年の豚肉価格統制のときに実際に起きた現象。
GDP――経済の大きさを測る
GDP(国内総生産)は、一定期間に国内で新たに生み出された付加価値の合計です。タイではNESDCが四半期ごとに発表します。
分配面(誰の所得になったか)を加えて三面等価。数値は概数。合計=約19兆バーツ。
支出面から見たGDPの構成(概数)。輸出額そのものはGDPの6割を超えるが、輸入も大きいため「純輸出」は小さくなる。
物価――低インフレなのに苦しい、という不思議
タイの消費者物価上昇率は、2022年のエネルギー高騰時を除けばきわめて低い水準です。2024年は0.4%、2025年はほぼ0%、2026年の見通しも0.8%程度とされています。
タイの消費者物価上昇率(2015〜2026年、2026年は見通し)
物価が安定しているのに生活が苦しいと言われるのはなぜか。理由は3つです。
- 賃金が伸びていない。最低賃金は上がっても、中位層の実質賃金の伸びは鈍い(第16章)。
- 家計債務が重い。可処分所得の相当部分が返済に回る(第15章)。
- 指数と実感がずれる。CPIは食料・エネルギーを含む平均であり、都市の家賃や教育費の上昇は指数に十分反映されない面がある。
国際収支――外とのやりとりの記録
国際収支は、その国と海外とのあいだのすべての取引の記録です。BOTが毎月発表します。タイでは、観光収入が経常収支を支えるという特徴があります。
経常収支が黒字ということは、タイが海外から受け取るお金のほうが多いということです。これはバーツ高の要因になります。2025年から2026年にかけてバーツが強含んだ背景には、経常黒字に加え、金価格の上昇(タイは金の取引が活発)や米国の金利見通しの変化がありました。バーツ高は輸出企業には逆風、輸入企業には追い風です(第15章)。
景気を測る――この6つの指標だけ見る
| 時期 | 指標/発表機関 |
|---|---|
| 毎月1日ごろ | 消費者物価(CPI)/商務省 |
| 毎月20日前後 | 輸出入統計/商務省・関税局 |
| 毎月末 | 経済金融統計(BOT):生産・消費・投資・失業 |
| 四半期(2・5・8・11月) | GDP速報/NESDC。月曜午前に発表 |
| 年6〜8回 | 金融政策委員会(MPC)=政策金利/BOT |
| 毎年8〜9月 | 翌年度予算の国会審議/最低賃金委員会 |
経済指標カレンダー。発表日はほぼ固定なので、カレンダーに入れてしまうのが早道。
まとめ
- 経済学の出発点は希少性と選択。機会費用の考え方が実務の判断にも効く。
- 経済主体は家計・企業・政府・海外。タイは「海外」の比重が極端に大きい。
- タイは価格統制が多い国。ディーゼル、電気(Ft)、農産物、生活必需品40品目前後が対象。
- 名目GDPは約19兆バーツ。支出面では民間消費が約57%、投資23%、政府17%。
- 物価上昇率は0%台と低いが、賃金停滞と家計債務のため生活の実感は厳しい。
章末チェック(5問)
1. 機会費用の説明として正しいものは。
- ある選択に実際に支払った金額
- 選ばなかった選択肢のうち、最も価値の高いもの ← 正解
- 将来発生する費用の割引現在価値
- 固定費と変動費の合計
大学進学の機会費用には授業料に加え、働いていれば得られた所得が含まれます。
2. GDPを支出面から見たとき、タイで最大の項目とその比率は。
- 投資、約35%
- 政府消費、約30%
- 民間消費、約57% ← 正解
- 純輸出、約20%
投資が約23%、政府消費が約17%、純輸出は数%です。
3. 上限価格を均衡より低く設定すると何が起きるか。
- 供給が需要を上回り在庫が積み上がる
- 需要が供給を上回り品不足が生じる ← 正解
- 価格が均衡点に戻る
- 何も起きない
2022年の豚肉価格統制のときに実際に起きた現象です。
4. タイの経常収支を支えている最大の項目は。
- 貿易収支(モノの輸出)
- 観光を中心とするサービス収支 ← 正解
- 第一次所得収支
- 移転収支
第一次所得収支は外資系企業の配当送金があるため恒常的に赤字です。
5. 四半期GDPを発表する機関はどこか。
- BOT(タイ中央銀行)
- 商務省
- NESDC(国家経済社会開発評議会) ← 正解
- 国家統計局
2・5・8・11月の月曜午前に発表されます。